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デシズム!

とある職人の弟子がぼやいてます

『平成建設』知ってる?秋元久雄の「高学歴大工集団」を読んで

面白そうなタイトルだったので読んでみました、『高学歴大工集団』。平成建設という建設会社の社長・秋元久雄氏の著書の一つだ。

 

秋元氏の営業や経営に関する思想や哲学がぎっしりと詰まった一冊で、読んでいると自然と氏の熱意が伝わってくる。これがIT系企業の本であれば、その思想や哲学は特に真新しい感じもなかっただろうけど、ガテン系な建築会社での話だから驚きである。

 

本書を一言に要約するならば、「人材育成を大切にしなさい」ということだろう。今の社会では、人材育成はハイリスク・ローリターンだと考えられる傾向にある。ネットサーフィンしてたら転職の広告ばっかり出てくるもんね。3年一区切りで考えて、今の会社に不満があるなら、別の会社に行けばいいじゃん的な風潮が確かにある。ある程度仕事を覚えたら、独立して、フリーランスで、みたいな考えを持っている人が多い。あくまでも主観的なもんだけど。

 

これって経営する側から考えたら大問題だよね。何もできない人間を雇い、一から教育し、やっと仕事ができるようになってきた。そう思ったら、突然、転職します、独立します、となる。ここでダメ!うちに残りなさい!と強制することもできない。引き止めるにはそれなりの対価が必要だし、対価もなしに引きとめようとして騒がれたらとんでもないことにもなりかねない。

 

だから、多くの経営者は人材育成を無駄だと考える。ある程度育った人間を雇った方がコストもリスクも少なくて済む。特に不景気であれば、相対的にいい人材が見つかりやすい。わざわざ立派に育つかどうかもわからない素人の教育を引き受ける必要はない。

 

確かにこれは一見合理的だが、視野を大きくすると非常に危うい状況だとわかる。人材育成が行われる場がなくなるとどうなるか。例えば、部活動を考えてみるとわかりやすい。

 

部活動に1年生、2年生、3年生がいれば、3年生は2年生に、2年生は1年生に指導することになる。3年生と2年生の間で行われる指導は、かなり高度なはす。さらにお互いに2年間の絆があるため、全てを言葉にしなくてもわかり合う部分も多い。一方で、2年生と1年生の間の指導は、基本的なことがメインになるだろう。1年生は「何も知らない」ということが前提としてあるので、丁寧に教える必要がある。

 

年度が変われば、学年が繰り上がり、それぞれ立場が一つランクアップする。そして、新しい1年生を受け入れ、教育をしていく。そういった循環が部活動にはある。

 

では、部活動で人材育成の場がなくなるというのはどのような状況か。それは、ある年の入部を一切受け付けないということ。その結果として、1年生と3年生しかいないような状況が生まれる。3年生と1年生ではうまく噛み合わず、的確な指導ができない。1年生は3年生の感覚的な指導を理解できるはずがないし、3年生は1年生のまっさらな状態を理解できない。つまり、コミュニケーションが成立しない。

 

かなり大げさな例え話になったが、これが建築現場であれば、その道40年のベテラン大工が3年生、やっと1年目のペーペーが1年生である。コミュニケーションが成り立つはずがない。

 

世代世代の間に切れ目なく人がいることで、滑らかに組織全体がコミュニケーションできる。つまり、指導が行き渡る。これが人材育成が大切であるという言葉の意味である。

 

常に人材を育成しなければならず、溝を作ってはいけない。経営者としては非常に負担のかかることであるが、秋元氏は実行したのだ。心からすごいと思う。

 

将来的にも、秋元氏のこの思想に出会えたことはかなり価値のあることになるんじゃないだろうか。素晴らしい一冊だった。