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デシズム!

とある職人の弟子がぼやいてます

いいモノを使ってこそ、いいモノが作れるのか

最近、いいモノを使いたいという欲望がふつふつと湧いてくる。

 

なぜなら、いいモノを使ってこそ、いいモノが作れるようになる気がするからだ。つまり、一流を知らない人間に、一流のモノが作れるのだろうか、いや、作れないだろう、という発想である。

 

ポイントは「使う」というところにあると思う。使うと一言で言っても様々な状況が考えられるが。生活の一部に溶け込ませると言えば伝わるだろうか。

 

僕は料理が好きなので、フライパンや包丁に少しこだりを持っている。どちらもハンドメイドのもので、世間的にも評価が高いものである。

 

これを使うことでその世界における一流の品が持つ「なにか」を感じ取れるかもしれない、と思っている。それは最初に触れた瞬間に電気が走るように感じ取れるかもしれないし、何年も何十年も使ってみて初めて理解できるモノかもしれない。素人目で見てもわかるものかもしれないし、かなりの教養と審美眼を持っている必要があるかもしれな。

 

とにかく手探りでもいいから、いいモノとはなんなのかがわかるようになりたい。そのためには、きっかけを身の回り、生活のあらゆるところに作っておきたいのだ。

 

タオル一枚でもそう。鉛筆一本でもそう。いいモノがいいモノたる所以が知りたい。

 

なにも買う必要はないんじゃないか。それが置いてあるお店で見てくればいいじゃないか。美術館や博物館に行けば、一流ものが溢れているじゃないか。ネットでもそこそこの情報が得られるんじゃないか。そんなふうに思うこともある。

 

しかし、それで万事オッケーであるためには、人間の方がそれなりの感性を持っていなくてはいけないと思う。それこそ一流の感性を持っていなくては。

 

凡人であればあるほど、近いところで見る必要が、感じる必要がある。となれば、「使う」しかないのだ。

 

そんなわけで、なんでも適当に買うのではなく、こだわり、自分自身が自信を持って一流の品だと思えるものをどんどんと生活に取り入れて行きたい、という話。